㉑一流になりたければ、一流のアート以外にも『ダウンタウンのごっつええ感じ』からも学ぶべきだ!




ごっつええ感じ(以下ごっつ)とは

フジテレビで1991年12月8日から1997年11月2日まで、毎週日曜日 20:00 – 20:54に放映していたダウンタウン、今田耕司、東野幸治、130R(板尾創路・蔵野孝洋)、YOU、篠原涼子等が出演していたコント中心のダウンタウンの冠番組である。
初回視聴率は18.2%、番組全体の平均視聴率は15.8%で、最高視聴率は1995年11月12日に記録された24.2%であった。
(平均視聴率がもっとも高かった年は1995年の18.9%)

私が見始めたのは中学受験が終わったあたりで、以後、毎週リアルタイムで見ていた。友人からも半強制的にごっつのビデオを『絶対面白いから!』と貸し出され初期のコントにも触れることでよりドはまりしていく必然の流れ。
それまで見ていたお笑いといえば、『とんねるずのみなさんのおかげです』、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』等で、関東のお笑い中心だったような気がする。
当時のダウンタウンは松本の『遺書』が250万部売れたり、浜田の『WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント』がミリオン達成したりと2人がキレッキレな時代でした。なので、コントも今じゃ放送できないエログロバイオレンスな尖ったものが多くユーチューブで振り返って比較しても、今のがんじがらめの笑いが物足りないのもこれまた必然だなあと思うわけで。

ごっつが面白かった理由と経営者が学ぶべき理由

基本的には『ごっつが面白い=松本が面白かった』って話になってしまうんだが、その一番の理由はこれに尽きると思う。

『テーマのイメージに対し、いかにそこにある先入観を捨てて笑いのベクトルを変えることができるか』

例えばゴレンジャイ(秘密戦隊ゴレンジャーのパロディで五人のヒーローのコスチュームがいつも揃わないって話)で、最後に登場した松本が『32森ビル』って書かれたビルの被り物して登場するシーンとか中学生ながらに発想の自由さに驚愕したんですよね。もはや生物でもない無機質なビルをヒーローに仕立て上げる思考回路に。
あと大好きなコントにキャシィ塚本シリーズ(料理番組のコント)があるんだが、唐突に講師役の松本が幼少時に母親と死に別れた話をし始め、その理由が『佐川くんに食べられたからね…』とつぶやくセリフは今じゃとても放送できないけど、これも『料理番組の設定⇒佐川くん』に持っていくあたり、発想がぶっ飛んでて面白いわけで。ちなみに佐川くんを知らない若い人はググって調べてください。実在の人&事件です。
あのボケをとっさに反応できる今田も本当にすごいです。ごっつ全般に言えるのは今田と松本のコンビネーションの良さで、今田が松本をリスペクトしていて信頼関係が互いにあることが手に取るようにわかる点。確実に拾ってくれるから松本が安心してボケられる感じがする。

ちょっと話が反れたが、要はこの発想の転換というか既成概念に縛られない思考回路が一流の人が持ち合わせているものだと思う。

イッポングランプリ等の大喜利を見てても、面白い回答は「いかにお題から離れた発想ができているか」だと思うし(それが一番出来ているのはバカリズムとか嵌ったときのホリケンとか)、これまた大好きな麻雀漫画『坊や哲』でも「麻雀ってのはな 額縁を外す戦いなんや」という名言があるように、セオリーは大切でも、時にはそのセオリー・常識に嵌らない柔軟さが必要であるってことが一流には求められる。


※余談ですが、東京ダイナマイトの好きなネタでこんなのがあります。

ハチミツ二郎
ガム噛んだらダメでしょっ!
松田大輔
ガムじゃねぇよ・・ミノだよ

文字列にすると面白さが半減しますが興味ある方はネタを見てみてください。これも一流のズラシ方で好きです。

 

一流の人が一流のアートに触れる理由


先ほどたまたま丸善で立ち読みした本で世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』という良書があった(仕事が決まったらちゃんと買います 😥 )。 グローバル企業が幹部候補をアートスクールに送り込んだり、マッキンゼーがデザイン会社を買収した理由が書かれています。これを読めば、アートを見る=金持ちが背伸びして高尚ぶってるだけなんじゃないの???と思ってる人にとってはその浅はかさに気づかされると思います。まあ、私も以前までアートを学ぶ必要性がわかりませんでしたが…

全部は読んで無いが、印象的だったのが以下のくだり。確かこんな問いかけだった。

『エジソン』と『機械工学』、この2つの言葉に共通するものは何?

まあ、普通の人はエジソンが発明家だから機械工学とも関係するんだろうと考えてしまうが、筆者の答えは至極簡単で…
『エジソン』の『エ』と『工学』の『工』は一緒の形をしている、というもの。だから小学生くらいの何も知らない子供のほうがこの問題は正解できるってわけ。

人間、知恵がつけばつくほど、知識がつけばつくほど非常に視野が狭くなってしまうことがあります。その道のエキスパートになることはある意味多角的に物事が見れなくもなり。この柔軟さを失わないためにもアートが必要なのだと。

例えば絵画を見た時、見方はひとつではないので解釈も人それぞれです。答えはありません。それこそ、『額縁』を外して見ることで多角的な物の見方を養う訳です。それには研ぎ澄まされた観察力が必要だと思います。型に嵌った考えしか出来ないとイレギュラーなケースに直面した際、思考停止に陥りがちです。経営者がもしそうなら致命的です。それを打破する力がアートを見ることで養われるのです。

観察力が必要な職業と考えたとき、真っ先に思いついたのがお笑い芸人でした。物真似にしろ、コントにしろ、漫才にしろ、全ては人間観察が優れてないと始まりません。更に言えば、人間観察が出来る=気遣いができるってことにもつながるだろうし。
だから、私の中ではお笑いもアートだと思っています。一流の洞察力を持った芸人が一流のズラシの思考のテクニックを披露してくれる、それがごっつだったんでは無いかと。

松本の『遺書』の中にこんな話があります。

ある野球選手が病気と戦っているファンのために、ホームランをプレゼントしたという話があったが、ああいうのも俺はどうかと思う。俺に言わせればそんなもん、ぜんぜん美談じゃない。打たれたピッチャーにも病気のファンはきっといたはずだから。

中学生の自分には、この話(おそらくベーブルースのこと)は、ハッとさせられたんですよね。当たり前のことが当たり前じゃなく感じる衝撃体験ってなかなか無いものなんで今でも鮮明に覚えています。

常識=多数派なので、一流の経営者になるにはこの常識を絶えず疑わなければなりません。皆と同じことしても後発組みはつぶれますからね。以前に『常識を疑え』っていうキャッチコピーがありましたが正にその通りな訳です。

それとアートを学ぶことで、答えが無いものを考えることにより、『自分なりの価値観』が生まれます。アンディ・ウォーホルのキャンベル缶の絵ではありませんが、大量消費社会において、皆が同じようなファストファッションに身を包み、同じようなファストフードを食べてる間は同じような量産型人間しか生まれません。この状態を喜ぶには時の権力者くらいでしょう。その方が扱いやすいし洗脳しやすいから。

それに反発するためにお笑いと風刺はつながるのだろうし、絶えず権力者に対して批判的な目を向けることが適任なのはお笑い芸人では無いかと。

たけしがアート、音楽、映画、サイエンス、数学、ニュース番組の司会をやるのはやっぱり必然でしょう。

まとめ

  • 一流になるためには常識に囚われない発想が大事
  • 一流のアートや笑いに触れることで、自由な思考回路が身につく
  • でも最初からズラシのテクニックに走っても基本を学んでからでないと、単なる非常識な人になるから気をつけよう!

 

 




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